装置を増産しても需要に届かない。ASMLは何を説明したのか
オランダの半導体製造装置大手ASMLは2026年10月14日、第3四半期の売上高が116億6200万ユーロ、純利益が49億6000万ユーロになったと発表した。新規の露光装置販売台数は113台で、前四半期の86台から増えた。2026年通期売上高も440億〜450億ユーロを見込む。
それでも経営陣は、現在計画している2027年と2028年の装置供給量では顧客の需要を十分に満たせないと予想した。一部の顧客は2029年や2030年の発注にも関心を示している。ただし関心を示したことと、その年の受注が確定したことは別だ。
このニュースで注目したいのは新規装置の増産だけではない。ASMLは顧客工場ですでに稼働している装置に対して、保守や性能向上のオプションを提供する事業も展開している。供給能力不足への対応には、異なる二つの経路が存在する。
「30%増」は全製品の確定増産ではない
7月15日の第2四半期発表を読むと、増産計画の範囲が分かる。ASMLは2026年のLow-NA EUV装置の生産能力約65台を基準に、2027年に約30%拡大する計画を示した。DUV液浸露光装置についても、2026年の約130台を基準に約30%の能力拡大を計画している。
同社は2028年に両製品群の生産能力をさらに約30%増やす案も検討していた。10月の発表では、それまでの計画でも2027〜28年に需要が供給を上回ると予想したため、2028年の能力を従来構想より一段と増やす方法を調べていると説明した。
ここでは2027年の計画、2028年に検討されている追加拡大、将来の顧客需要予測を区別する必要がある。増産計画をすべて既に実現した生産実績として扱ったり、将来の関心表明を確定受注として計上したりすると、供給制約の実態を読み違える。
もう一つの数字は32億8900万ユーロ。既設装置から生まれる売上
第3四半期のInstalled Base Management(既設装置管理)売上高は32億8900万ユーロだった。第2四半期の27億6200万ユーロから5億2700万ユーロ、約19.1%増えている。第3四半期の全社売上高の約28.2%を占める規模だ。
ASMLの定義では、この金額は純サービス売上とフィールドオプション売上の合計である。保守や技術支援、装置の追加機能などを含むため、全額を生産性アップグレードだけの売上とするのは誤りだ。会社は今回の実績が予想を上回った理由の一つとして、生産性アップグレードへの強い需要を挙げている。
したがって32億8900万ユーロは、顧客が保有する装置へのサービスやオプション販売から得た売上高だ。顧客工場で何枚のウエハーが増産されたかを直接示した数字ではないし、個別改良の投資収益率を表したものでもない。
実例はNXE:3800E。工場にある装置でも仕様を引き上げられる
ASMLの2025年年次報告書には具体的な改良事例がある。TWINSCAN NXE:3800Eはフル仕様で1時間あたり220枚のウエハー処理能力を持ち、NXE:3600Dと比べて処理能力が37%高いと説明されている。すでに顧客の工場に設置されていた装置を新しい仕様に近づけるフィールドアップグレードも実施したという。
この事例は、顧客が新しい装置の納入を待つ以外にも、既設装置の能力を改善する手段があることを示す。同社の2025年の純サービス・フィールドオプション売上高は82億ユーロで、前年比26.2%増だった。会社は既設装置の増加や現地アップグレードを背景として挙げている。
ただし37%というのは、特定の装置モデル同士の仕様を比較した値だ。ASMLのすべての既設装置が改良によって37%高速化するという意味ではない。また、2026年第3四半期のサービス売上の増加分をこのモデルだけで説明できるわけでもない。
新品を供給する時間と、既設装置を改善する時間は違う
新規装置を増やすには精密組立、部品供給、出荷、設置、検査などが必要になる。ASMLが取り組む生産能力拡大は、この一連の工程に対応するものだ。メーカーが出荷できても、顧客が装置をすぐに量産工程へ投入できるとは限らない。
一方、既設装置の改良にはソフトウエアやハードウエアの追加、現場での調整、保守、品質確認などが関わる。新規装置を一台製造するのとは異なる工程と時間が必要だが、対応できる製品や工場条件には限界がある。作業中の停止時間や他の工程への影響も無視できない。
新規装置の生産能力30%増と、既設装置の性能改善を一つの百分率に足し合わせることはできない。露光工程の能力が上がっても、別の装置や工程がボトルネックなら工場全体の生産量は同じ比率では増えないためだ。
求められる技術者も、新規製造と現場改良では異なり得る
新規装置の生産能力を高めるには、製造工程の計画、精密組立、調達、品質管理、試験などの専門性が重要になる。一方、既設装置の改良では顧客の工場環境を理解し、装置の状態を診断して性能向上を確認する技術が求められる可能性がある。
設計上の性能が高くても、顧客の実際の製造工程で十分に機能するとは限らない。装置制御、計測、保守、現場での問題解決、顧客との調整がつながって初めて成果を確認できる。企業にとっては、部門間の受け渡しを含めてこうした責任を誰が担うかが課題になる。
これはASMLが特定職種の採用人数を増やしたという情報ではない。公式資料にある二つの事業領域から考えられる人材・組織上の論点であり、実際の採用拡大を判断するには求人票や人員データを別途調べる必要がある。
日本の装置メーカーも「保守売上を増やそう」だけでは足りない
装置メーカーにとって、既設装置が多いことと高収益のアップグレード事業が成立することは同じではない。交換部品と定期点検が中心になる装置もあれば、ソフトウエアや性能改善の追加機能に価値がある装置もある。
先に確認したいのは顧客の生産を妨げている制約だ。装置そのものが足りないのか、既設装置の処理能力が問題なのか、停止時間が長いのか、あるいは別工程がボトルネックになっているのか。問題によって必要な商品や技術支援は変わる。
改良を提案するなら適用対象、想定停止時間、量産品質へのリスク、効果の測定方法、費用回収まで見なければならない。ASMLの大きなサービス売上だけを手本にするのではなく、顧客の制約を解決したと検証できるかどうかが事業化の条件になる。
BANSEOG VIEW|供給能力は新しい装置をつくる工場だけで生まれるわけではない
ASMLの二つの数字は別の事業機能を示す。2027年のLow-NA EUVとDUV液浸装置の能力30%拡大計画は、新しい装置を製造する側の供給力だ。第3四半期の既設装置管理売上32億8900万ユーロは、すでに顧客が使用する装置へのサービスとオプション販売の規模だ。これらを同じ生産量として合計することはできない。
2025年の現場アップグレード実績を合わせると、顧客の生産能力を支える方法が新規装置の納入だけではないことが分かる。ただし、実際の生産能力向上は装置の型式、工場の状況、品質や他工程の制約によって変わる。
装置メーカーにとって問いは『新品をもっと多く売れるか』だけではない。『顧客がすでに持つ設備の価値を、具体的に高められるか』も事業戦略になり得る。その成否を分けるのは、技術仕様だけでなく顧客の現場で改善を検証する能力だ。
BANSEOG VIEW
Banseogの視点|新品の増産と既設装置の改善は異なる事業能力
2027年30%増産はLow-NA EUVとDUV液浸装置の計画。2028年の追加拡大は検討中で、供給不足も会社の将来予想であり確定結果ではない。
32億8900万ユーロはサービスとフィールドオプションの合計売上。顧客が実際に増産したウエハーの枚数でも、改良投資の収益率でもない。
2025年の現場アップグレード実績は既設装置の改善可能性を示すが、すべての装置で同じ効果が出るわけではない。顧客の制約と改善効果の検証能力から戦略を考えるべきだ。
SOURCES
参照した主な資料
- ASML|2026年第3四半期決算発表(2026年10月14日)
四半期売上高116億6200万ユーロ、既設装置サービス・オプション売上32億8900万ユーロ、新規露光装置113台、2027〜28年供給見通し。
- ASML|2026年第2四半期決算発表(2026年7月15日)
Low-NA EUVとDUV液浸装置それぞれの2027年生産能力30%拡大計画、2028年追加拡大の検討、第2四半期既設装置売上27億6200万ユーロ。
- ASML|2025年年次報告書・財務
2025年の純サービス・フィールドオプション売上82億ユーロ(前年比26.2%増)、NXE:3800E既設装置への現地アップグレード実績。
- ASML|2025年Form 20-F(米SEC)
NXE:3800Eのフル仕様は毎時220枚、NXE:3600D比37%高い処理能力。すべての既設装置で37%向上した意味ではない。
- Reuters|ASML供給不足と能力拡大の課題(2026年10月15日)
2027〜28年の供給不足見通し、既設装置の改良、顧客投資と増産の実行リスクを独立報道。
2026年10月17日作成。ASMLの2026年10月14日Q3発表は売上116億6200万ユーロ、IBM売上32億8900万ユーロ、新規露光装置113台、2027・28年の供給不足見通し、2029・30年に対する顧客関心を記述。IBMは純サービスとフィールドオプションの合計であり全額が生産性向上製品ではない。2026年7月15日Q2発表はLow-NA EUVの2026年能力約65台、DUV液浸約130台を基準とする2027年30%拡大計画と2028年追加30%の検討。Q2 IBMは27億6200万ユーロ。2025年ASML Form 20-FのNXE:3800Eはフル仕様で220枚/時、NXE:3600Dより37%高い処理能力、既設機へのフィールドアップグレードを実施。37%は全設置機の実測改善値ではない。顧客の実際の増産量と投資収益率、職種別採用拡大は公表情報からは確定できず、人材戦略の含意はBanseogの分析。