顧客3700社超、新規案件6500件超。それでも全員に声をかけられるわけではない

世界的なエグゼクティブサーチ企業Korn Ferryの2026会計年度Form 10-Kを見ると、幹部採用事業の規模が分かる。顧客企業は3700社を超え、新たに始めたサーチ案件は6500件超、手数料収入は約9億2410万ドルで、コンサルタントの平均人数は563人だった。6500件は新規受託案件であり、採用に成功した人数や成功率ではない。

ところが同じ年次報告書は、一部の既存顧客の従業員を別の会社のために勧誘しない約束があり、その制限のために新しいサーチ案件を競合企業に奪われる可能性があると説明する。大きな顧客基盤は強みであっても、その全てが自由に勧誘できる候補者の源泉になるとは限らない。

ただし顧客3700社全てがオフリミッツの対象になっているという意味ではない。開示資料は実際に制限される企業数や候補者数を示していない。確認できるのは、大規模な顧客ネットワークと実在する契約・関係上の制約が両立しているという点だ。

オフリミッツは、本人の転職そのものを禁止する制度ではない

エグゼクティブサーチ業界でいうオフリミッツ(Off-Limits)は、既存顧客との契約や取引関係を守るため、サーチ会社がその企業の一部従業員を別の顧客のために積極的に勧誘しない制限を指す。Korn Ferryは契約上の義務だけでなく、顧客関係や営業上の判断から自主的に勧誘を控える場合もあると説明する。

例えばA社の最高財務責任者を採用したサーチ会社が、一定の条件でA社の人材を保護すると約束したとする。その後B社から同様の幹部採用を依頼されても、制限対象となるA社の社員に転職を持ちかけられないケースがある。これは仕組みを説明する仮定であり、実在の会社間の契約を示すものではない。

重要なのは、オフリミッツが社員個人の退職や転職を一般的に禁止する法律と同じではないことだ。主にサーチ会社の勧誘行動と顧客への約束を扱う。本人からの連絡、例外条項、個々の合意の法的効力は別途検討が必要であり、この記事だけで全てのケースを判断することはできない。

Korn Ferryは既存顧客を守る約束が新規受注を妨げると開示する

Korn Ferryの2026会計年度のリスク要因には、既存顧客との契約または顧客関係のため、一定期間その会社の従業員を他社へ勧誘しない場合があると明記されている。この制約によって他のサーチ会社に案件を奪われる可能性があるという。2026年9月の追加報告書でも同様のリスクが説明されている。

制限範囲は顧客の全事業や関連会社を含む場合もあれば、特定の事業部だけを対象にする場合もある。期間や対象は契約交渉や社内方針によって変わり、企業の事業規模、複雑さ、関係の長さ、案件を依頼した頻度などの影響を受ける可能性がある。

そのため発注企業は、サーチ会社が業界大手の顧客を多く持つというだけで、その業界の全幹部へ自由に接触できると考えるべきではない。反対に、制限が存在することだけを理由に、今の依頼で対象市場が必ず狭いと判断することもできない。案件ごとの確認が必要だ。

Heidrick & Strugglesも同じ制約を報告している

もう一つのグローバルなサーチ会社Heidrick & Strugglesも、2024会計年度Form 10-Kで既存顧客の特定従業員の勧誘を制限する取り決めを説明した。制限によって新たなエグゼクティブサーチを受注・遂行しにくくなる場合があり、適用期間や地域に条件が付くこともあるという。

顧客との取引期間、過去の案件数や頻度、今後の取引可能性によっても対象範囲は異なりうる。さらに同社は、顧客基盤が比較的小さい競合サーチ会社ではオフリミッツの制約が少ない可能性があると指摘した。これは特定の規模の会社を優良と評価したものではなく、競争上の特徴を示した開示だ。

制限が少ないからといって、その企業が有能な経営人材を発掘し、正しく評価して採用へ導けるとは限らない。業界理解、調査力、候補者への説得力、機密管理、担当コンサルタントの専門性が伴う必要がある。一方、大手サーチ会社も制限のない市場では強いサービスを提供しうる。

特殊な産業人材ほど、接触可能な範囲の違いが重要になることがある

ある製造企業が、珍しい技術を研究段階から安定した量産まで導いた技術責任者を探しているとしよう。必要な経験を持つ幹部が少数の競合メーカーや設備企業に集中しているかもしれない。その中の重要な企業がオフリミッツの対象であれば、実際に勧誘できる範囲は発注企業の予想より小さくなる可能性がある。

データベースに候補者の経歴があることと、その人へ今回の求人を積極的に紹介できることは同じではない。豊富な候補者情報も、特定の顧客を保護する契約上の義務をなくしてはくれない。候補者市場が狭いときほど、この差が採用戦略に影響しうる。

もちろん連絡の制限がない人であっても、転職する意思があるか、提示する役割が魅力的か、実際の能力が合っているかは別問題だ。接触できる人数だけでは採用成功の見込みを測れない。市場の調査、許されるアプローチ、能力評価、本人の意思を分けて確認する必要がある。

AESCの基準でも制限条件と利益相反の明確化が求められる

国際的な専門団体AESCはClient Bill of Rightsで、会員企業が顧客との業務契約を明確な書面にするよう示している。担当者、案件の範囲、期間、手数料、成果物だけでなく、必要に応じてオフリミッツ、利益相反、データ管理などの個別条件も確認事項として挙げている。

また利害の衝突が考えられる場合には、会員が顧客へ適切に開示し、双方で解決することを求めている。Candidate Bill of Rightsでは幹部候補者の転職意向や個人情報に関する機密保持も強調される。新しい顧客から求められたからといって、他の顧客や候補者の機密情報を自由に提供してよいわけではない。

これらはAESC会員の専門サービスに関する基準であり、日本や韓国の全ての人材紹介会社に同じ条件を法的に強制するものではない。それでも幹部採用を外部へ依頼する企業にとって、契約の前にどんな問題を確認すべきかという参考になる。

発注企業が確認したいのは他社の秘密ではなく、自社案件の制約

経営幹部や希少な専門人材の採用をサーチ会社へ依頼するなら、対象となる業界や重要企業群に重大なオフリミッツ制約がないか質問できる。存在する場合には、その制限が今回の市場調査や勧誘にどれほど影響するか、期間・事業部・地域などについて説明可能な範囲で確認するとよい。

しかし、他の顧客との非公開契約や個別の人事情報を無条件に渡すよう求めるべきではない。必要なのは第三者の秘密ではなく、自社の案件を遂行する上で重要な利益相反や制約があるかどうかを知ることだ。守秘義務を踏まえて説明を受ける必要がある。

何らかの制限が判明しても、ただちにその会社へ依頼できないと決める必要はない。対象市場を広げることや、他の経験を持つ適切な人材を検討すること、契約上認められた方法で問題を解決することも考えられる。ただし例外や免除が認められるかは各契約と法令に左右される。

BANSEOG VIEW|顧客の多さと、実際に動かせる人材市場は別物だ

Korn Ferryは2026会計年度に3700社超のサーチ顧客と6500件超の新規案件を公表した。同時に、既存顧客を保護するオフリミッツが新たな案件を制約する可能性も認めた。Heidrick & Strugglesも同種のリスクを開示している。この事実だけで大手サーチ会社の品質が低いと判断できるわけではない。

長期的な顧客関係を守ることは信頼につながり、世界的なネットワークや評価能力も重要な資産だ。一方で比較的小さい会社の制限が少ない可能性と、実際の候補者を見つけて評価する実力とは別だ。契約上の制約をサービス品質全体と取り違えてはいけない。

企業がサーチファームを選ぶとき、「どれほど多くの企業と取引しているか」だけでなく、「今回必要な人材がいる市場へ実際に調査・接触できるか」と尋ねることが大切になる。保有情報、契約上の制約、守秘義務、担当者の専門性、候補者を説得する力は、それぞれ違う評価項目だ。

Banseogの視点|顧客ネットワークの規模と実際に勧誘可能な人材は異なる

FY2026のKorn Ferryエグゼクティブサーチ顧客3700社超は、勧誘制限が適用される企業数ではない。ただし公式開示はオフリミッツの存在と、新規案件への影響を示している。

Heidrick & Strugglesの開示とAESC基準は、契約や顧客関係による制約の範囲・期間が異なる可能性を示す。制限が少ないことは優秀さや成功率を証明しない。

発注企業は他の顧客の秘密を求めるのではなく、今回の依頼に重大な制限があるか、実際に調査・接触できる人材群がどこまでかを適切な範囲で確認すべきだ。

参照した主な資料

2026年10月16日作成。Korn Ferry FY2026 Form 10-KはExecutive Searchの顧客企業3700社超、新規受託案件6500件超、手数料収入9億2410万ドル、平均コンサルタント563人を記載。顧客3700社がオフリミッツの対象企業数だという意味ではなく、新規案件数を成約人数・成功率とみなさない。同社の2026年6月および9月開示は、契約・取引関係・営業方針から顧客社員の他社向け勧誘を制限する場合と、範囲・期間が異なること、新たな案件を失う可能性を説明する。Heidrick & Struggles FY2024 Form 10-Kは同様の顧客保護制約、期間・地域・関係に基づく差、小規模競合の制約が少ない可能性を開示する。個別の顧客・候補者の現在の制限状況は不明。オフリミッツはサーチ会社の勧誘活動の制約であり、従業員本人の退職・転職を一律に禁止する制度ではない。AESCのClient/Candidate Bill of Rightsは会員企業の専門基準であり、全人材紹介会社への法的義務ではない。発注企業が確認するべき事項はBanseogの独自分析。