赤字でも、先に給与を上げた会社がある

9月20日、PRESIDENT Onlineは神奈川県藤沢市の冷凍春巻きメーカー、スワロー食品の事例を報じた。2014年の買収当時、同社は約6億円の借入を抱え、売上約14億7,000万円に対して経常利益は約1,000万円の赤字だった。

新経営者は就任直後、給与を上げ、賞与を復活させ、労働時間も短くすると社員に約束し、翌月から実際に給与を引き上げた。取材によると、その後社員の年収は最低2倍以上、最大5倍近くとなり、2026年の売上は約43億5,000万円、経常利益は約4億円まで改善した。

ただし「給与を先に上げれば会社が成長する」と因果関係を一般化することはできない。同社は同時に製造ラインの歩留まり、設備、品質、組織運営も大きく変えている。

興味深いのは成果よりも『順番』だ

多くの職場では、社員側が先に変わることを求められる。新しい技術を学び、資格を取り、生産性を上げ、成果を出せば、その後に昇給や昇進があるという順番だ。

スワロー食品の事例では会社側も先に動いた。処遇を実際に変えたうえで、より生産性の高い働き方への変化を求めた。

一社の事例が普遍的な経営公式になるわけではない。それでも『人に変化を求める会社は、その変化が報われる証拠も示しているか』という問いは残る。

JILPT調査でも『学んでも評価されない』は大きな理由だった

この問いは、9月18日に労働政策研究・研修機構(JILPT)が公表した全国調査とつながる。調査は従業員30人以上の企業1万社と、そこで働く正社員を対象に実施され、有効回答は企業2,354社、正社員8,720人だった。

リスキリング経験者の84.6%は、トータルで見て『価値があった』と回答した。したがって、この調査はリスキリング無用論を示すものではない。

一方、『価値がなかった』とした人の理由では、『リスキリングをしても会社から評価されない』39.3%、『処遇改善などのメリットを感じない』39.1%、『昇進・昇格につながらない』27.4%が上位だった。

会社が『何を学ぶべきか』を示した場合にも差があった

JILPT調査では、会社から業務に必要なスキルを明示されていた人のうち、リスキリングで『スキルを得ることができた』と答えた割合は88.2%だった。

必要なスキルを示されていなかった人では70.8%だった。この差だけで、会社のスキル明示が学習成功の原因だと証明することはできない。

ただ、『時代が変わるから各自で学んでください』と、『この仕事にはこの能力が必要で、それをこう評価する』では、同じリスキリングでも意味が違う。

能力がなかったのではなく、評価の仕組みが見ていなかったのかもしれない

スワロー食品の組織改革では、これまで十分に評価されていなかった社員も管理職へ登用された。PRESIDENT Onlineによると、5事業部のうち4部門のトップが女性となり、そのうち3人は高卒のシングルマザーだった。

経営者は、実際に会社を回していたのは彼女たちだったと気づいたと説明している。能力が昇進した瞬間に突然生まれたわけではないだろう。

個人の能力と、会社がその能力を発見して価格に反映する能力は別の問題になり得る。

給料が上がらない時、確認する質問は一つではない

もちろん、スキル不足や成果不足が原因の場合もある。自分自身が学び直す必要がある人もいる。

しかし、給与や昇進の停滞をすべて『自分の能力不足』で説明すると別の原因を見落とす。今の会社は何を身につければ評価が上がるのかを明確にしているか、新しい能力を得た人の処遇は実際に変わっているか、成果を出す人と昇進する人はどの程度一致しているかを見てもよい。

そして、自分の経験をより高く評価する別の部署・企業・業界があるかも別問題だ。スキルを伸ばすことと、そのスキルを適切に評価する場所を選ぶことは同じではない。

BANSEOG VIEW | キャリアで変えるべきものは『自分』だけとは限らない

日本では人手不足、AI、リスキリング、賃上げが同時に語られている。そのため個人には『もっと市場価値を上げるべきだ』という圧力がかかりやすい。

しかしJILPTデータは、学習が評価や処遇から切り離された時、その価値を低く感じる人がいることを示す。スワロー食品は一社の事例ながら、会社側の評価・報酬構造を先に動かした場面を示している。

だから給与が上がらない時の問いは『自分に何が足りないか』だけではない。

『この会社は、自分が持つ価値と新しく得た価値を発見し、正しく評価できる会社か』も同時に考える必要がある。

Banseog View — Skill Development ≠ Reward Connection

JILPT調査ではリスキリング経験者の84.6%が価値を感じた一方、価値がなかった層では「会社から評価されない」39.3%、「処遇改善メリットなし」39.1%、「昇進・昇格につながらない」27.4%が上位だった。

会社が必要スキルを明示していた人ではスキル獲得回答88.2%、明示されていなかった人では70.8%だった。これは因果効果ではなく比較データとして読む。

個人はスキルを高めるだけでなく、そのスキルを役割・評価・報酬へ接続できる組織にいるかも別に判断する必要がある。

参照した主な資料

スワロー食品は一社の事例であり、賃上げを先行させたことだけが売上・利益改善を生んだという因果関係は主張しない。同社は同時に生産性、品質、設備、組織も改善している。JILPT調査は2026年2月末時点の全国30人以上企業と正社員を対象にした調査であり、88.2%と70.8%の差は因果効果の推定値ではない。Skill Development ≠ Reward Connectionは公開資料をつないだBanseogの分析表現である。