「時給は自分で決めていい」と言われたら、どうするだろう
2026年10月9日、家事代行マッチングサービス「タスカジ」が、登録ハウスキーパーの時給自己設定に関する追跡調査を公表した。タスカジさんはプラットフォームの従業員ではなく、依頼者と直接契約する個人事業主として活動する。4月からは自身の経験や実績を踏まえ、報酬プランを最高時給3,000円まで選べるようになっていた。
9月11日から19日に実施したWebアンケートには67人が回答した。このうち34人(50.7%)が時給を引き上げ、23人(34.3%)は以前の上限水準を維持した。残りには「その他」や制度変更後に活動を始めた人も含まれる。ここでいう報酬はプラットフォーム利用料を差し引いたサービス提供者側の金額で、移動時間や本人の税金・経費まで控除した最終利益ではない。
値上げした34人のうち、タスカジでの月間手取り収入が増えたと答えたのは17人、減ったと答えたのは0人だった。ただし回答者67人の自発的な自己申告調査であり、価格を上げれば収入が減らないという因果関係や、登録者全体の平均的な結果を証明したものではない。
気になるのは「収入減ゼロ」より、常連に旧料金を残した15人
値上げをした34人のうち、継続して依頼してくれる定期客がいる人は27人だった。そのうち12人は常連にも新しい料金を適用し、残る15人はその人たちには以前の料金でサービスを続けていた。自分の報酬プランを変えても、すべての依頼者に一律に新料金を適用したわけではない。
新料金を定期客にも適用した12人のうち11人は「依頼者のほとんどが継続した」と回答した。この11/12はハウスキーパー12人の回答の内訳であり、顧客12人のうち11人が残ったという実測値でも、厳密な顧客継続率でもない。
それでも「値上げ後も多くの常連が続けてくれた」という回答がある一方、より多くの人が常連には旧料金を維持したことは注目に値する。価格を決めることと、長く付き合う相手にその価格を伝えることは別の難しさを持っている。
初めてのお客さんと、いつものお客さんでは何が違うのか
初めて利用する人は、掲載された料金やレビュー、対応エリア、仕事内容を見て予約する。一方、長く依頼している人には慣れた料金があり、サービスを提供する側にもその家の道具や好み、作業の優先順位について蓄積した知識がある。
旧料金を残すことは、安定したリピート依頼を守るための合理的な選択になり得る。しかし何年も料金を固定すれば、技能が上がったことや負担の増加を報酬に反映しにくくなる可能性もある。常連の安心感と報酬改善は、いつも同じ方向を向くとは限らない。
新規依頼から新料金を適用する、定期契約の更新時に十分な予告期間を設ける、作業範囲が変わったときに相談するなど、選択肢は一つではない。ただし実際の運用ではタスカジの料金・予約ルールと依頼者との契約条件を確認する必要がある。
値上げ理由の最多は物価高ではなく、自分の仕事の価値だった
値上げした34人に理由を複数回答で尋ねると、67.6%が「自身のスキルや実績に見合った適正価格だと感じたため」を選んだ。「責任感やモチベーションを高めたい」と「生活コストの上昇に対応したい」は、それぞれ47.1%だった。複数回答なので合計は100%にならない。
家事代行を利用する側が買っているのは、単に3時間の掃除や料理だけだろうか。毎回説明しなくても希望に沿って進めてもらえること、作業の優先順位を判断してもらえること、安心して任せられることも価値になるかもしれない。ただし今回の調査から、そうした能力が何円の上乗せに相当するかは分からない。
価格を決める自由が増えるほど、提供者は「なぜその金額なのか」を説明する場面も増え得る。過去の作業実績や得意分野、サービスの範囲、レビューなどを具体的に示すことは一つの方法だが、説明すれば必ず値上げを受け入れてもらえるわけでもない。
時給を上げて依頼件数が減っても、収入が増えることはある
仮に時給2,000円で1回3時間、月10回働くと、報酬は月60,000円となる。時給を2,400円に上げて月9回働けば64,800円だ。ところが8回に減れば57,600円になる。価格だけでなく、どれだけ有料の依頼を確保できたかが月間の報酬を左右する。
これはタスカジの回答者の実例ではなく、関係を理解するための仮定の計算だ。新しい時給2,400円をすべての訪問に適用できるとした場合、以前の60,000円を超えるには同じ3時間の依頼を少なくとも月9回確保する必要がある。税金や個人の経費も含めていない。
調査では値上げ後に依頼数が減った人もいたが、そのうち半数以上はもともと仕事の量を減らしながら収入を保ちたいと考えていたと回答した。より多く稼ぐことだけでなく、同程度の収入を短い稼働時間で得られるかも、個人によっては重要な判断になる。
表示時給だけでは、実際の「使った時間あたりの収入」は分からない
家事代行には作業そのものの時間以外に、移動や準備、予定の調整などが発生することがある。仮に3時間の作業で6,000円を受け取り、往復の移動と準備に2時間かかれば、合計5時間に対して経費控除前で時給換算1,200円となる。これも説明のための仮定だ。
同じ報酬の依頼でも、自宅から近い訪問先と長距離移動が必要な訪問先では経済性が違う。キャンセルに伴う空き時間や自分で負担する費用も考えると、プラットフォームに表示された時間単価だけで仕事を比較することは難しい。
だから値上げを考えるときは、月間の有料稼働時間に加えて移動・準備時間、定期依頼の継続状況、本人の経費を記録してみたい。高い価格を設定することと同じくらい、報酬が発生しない時間を減らせる仕事を選ぶことにも意味がある。
据え置いた人は、常連が離れることだけを恐れていたわけではない
時給を据え置き、理由の質問に答えた22人では、36.4%が「依頼者からの要求やプレッシャーが高くなると感じた」、31.8%が「新規の依頼が減る懸念」、27.3%が「既存の定期依頼者が離れる不安」を選んだ。これも複数回答の結果だ。
料金が高くなると、利用する側が以前より高い成果や丁寧な対応を期待する可能性がある。回答者全体の35.8%は、仕事1件あたりの責任感・プレッシャーが強くなったという設問に高い点をつけた。ただし実際のサービス品質が向上したと測定されたわけではない。
値決めには金額を選ぶ権利だけでなく、どこまでの作業に責任を持つのか、追加の依頼はどの条件で受けるのかを伝える難しさも伴う。料金が上がる理由とサービス範囲を一緒に整理する必要があるかもしれない。
いつものお客さんに値上げを伝える前に、考えられる四つの方法
一つ目は新規の依頼から新料金を使うこと。二つ目は定期依頼者に十分な期間を置いて変更日を知らせること。三つ目は訪問時間や作業範囲の変更時に料金を相談すること。四つ目は旧料金を維持しつつ、対応エリアや作業範囲を明確にする方法だ。どれも予約・契約のルールが許す範囲で検討する。
価格を変更した後は、依頼件数だけでなく、月間報酬、実際に働いた時間、移動・準備時間、再予約の状況を比べたい。件数が少し減っても月の報酬を維持できる場合もあれば、空き時間が増えて以前より不安定になる場合もある。
これらは調査会社が効果を検証した最適な値上げ手順ではない。今回の回答から考えられる選択肢を、Banseogが実務的な確認項目として整理したものだ。
プラットフォームが「自分で値決めして」と言ったら何が変わるのか
タスカジは4月以前、報酬プランに上限などの制約を設けていた。制度変更後は登録者が自分の経験や実績に合わせて報酬を設定できるようになった。それでも調査では、34人が値上げする一方、23人は以前の上限水準を維持した。選択肢ができたことと、全員が同じ選択をすることは違う。
プラットフォームが提示した金額に従うときには、料金表そのものが一つの説明になる。自分で料金を決めるようになると、依頼者は「同じ家事代行なのに、なぜ金額が違うのか」と考えるかもしれない。提供者は仕事の成果や強みを、顧客はレビュー・空き時間・料金・移動距離などを比較することになる。
値決めの自由化は、単に高い料金を選べる制度ではない。従来は同じ料金帯に集まっていた仕事の質や経験の違いを、提供者自身が顧客に伝える機会と責任を増やす可能性がある。
BANSEOGの視点|値決めの自由と、常連との信頼は別の資産
値上げした34人に収入減の回答がなかったとしても、それを誰にでも通用する成功率とは呼べない。67人という小規模で自発的な回答に過ぎず、仕事内容、需要、労働時間、値上げを提示した相手の違いを調整していない。また11/12は「大半の定期客が続いた」と答えた人の数であり、顧客を一人ずつ数えた維持率ではない。
一方で、定期客を持つ値上げ経験者27人のうち15人が旧料金を残したことには意味がある。新しい時給は自分の仕事への評価を表し、常連への対応は積み重ねた信頼や毎月の安定した仕事をどう評価するかという別の判断を表している。
価格を変える前に考えたいのは、いくら上げられるかだけではない。誰が再び依頼してくれるか、報酬が発生するのは何時間か、その裏でどれだけ移動や準備をしているか、顧客が何を期待しているかだ。自分で価格を決める自由は、誰とどんな条件で働き続けるかを選ぶ責任にもつながっている。
BANSEOG VIEW
Banseogの視点 — 常連にも新しい料金を適用すべきか
タスカジの自発的な67人の調査で値上げしたのは34人、月収減と答えた人は0人だった。しかし値上げの因果効果や日本のフリーランス全体に当てはまる結果ではない。
値上げした人のうち定期依頼者がいる27人中15人は旧料金を維持した。11/12は「大半の定期客が継続した」と回答したハウスキーパーの数であって、顧客単位の離脱率ではない。
新規・定期客の違い、有料で働く時間、移動・準備時間、再予約と依頼者の期待値を合わせて比べることが、自分の値決めを考える手がかりになる。
SOURCES
参照した主な資料
- タスカジ研究所 — ハウスキーパー時給自己設定の追跡調査(PR TIMES)
2026年10月9日公表、9月11~19日の自発的回答67人。値上げ34人、据え置き23人、収入増17人、減少回答0人、定期客あり27人のうち新料金適用12人・旧料金維持15人、11人が定期客の大半が継続したと回答。代表標本ではない。
- タスカジ公式 — 2026年10月9日調査結果のご案内
調査対象・期間、時給自己設定制度の開始時期、回答67件と結果の代表性に関する注意を確認。
- タスカジ公式 — 2026年4月の報酬自己設定制度改定
2026年4月15日。手取り報酬の上限3,000円/時、個人事業主としての契約形態と報酬の定義。
- タスカジ — 4月報酬プラン改定のプレスリリース
2026年4月14日配信。従来の設定制限をなくし、自身の技能・実績で報酬プランを選べる仕組みの正式説明。
2026年10月9日公表のタスカジ研究所による登録ハウスキーパー67人の自発的なWeb調査に基づく。回答は登録者全体や日本のフリーランス全体を代表せず、値上げ34人中収入減の回答0人は値上げによる因果効果を証明しない。11/12はハウスキーパー12人のうち11人が『大半の定期客が継続した』と答えた意味であり顧客12人中11人の継続ではない。2,000円から2,400円への月間試算、移動・準備時間を加えた換算、料金変更の選択肢はBanseogの説明用の仮定と独立分析。報酬は家事代行の個人事業主によるプラットフォーム利用料控除後の金額であり、タスカジの雇用従業員に支払う法定の時給ではない。