ASML / Nikon
ASMLとニコンは、液浸技術をどう顧客の生産につなげたか
最高性能、顧客の採用、安定した生産。その間に何が必要だったのか。液浸露光の開発・検証・供給の記録から考えます。
2007年2月、ニコンは顧客工場で競合装置と約1年にわたり比較評価を行い、液浸露光装置の受注を獲得したと発表した。前年にも複数の顧客に採用されたと説明している。[1]
一方、ASMLも液浸装置の供給を拡大していた。2007年の年次報告書には、累計出荷が70台を超えたとある。一方だけが新技術を理解していた、という単純な競争ではなかった。[2]
では、どこを見れば両社の違いを読み取れるのか。
本稿は2004~2007年の液浸技術への移行期を中心に、顧客採用後、2008年に確認された処理能力の改善までを追う。Banseogが重視するのは、最高性能の数値に加え、相反する性能要件を調整し、顧客が安定して生産できる状態に仕上げる過程である。装置構造、試験方法、供給企業との設計調整をつないで考える。
まず、同じ時期の装置を並べる
液浸露光は、レンズとウエハーの間に水を入れ、より微細な回路を描く技術だ。ただし、その原理を実現することと、欠陥を抑えながら高速で生産を繰り返すことの間には、大きな隔たりがある。
ニコンは2006年1月、NA(開口数)1.07のNSR-S609Bを出荷した。NAは光学系の微細な形状を解像する能力に関わる指標である。1.0を超える液浸装置を早くから顧客に届けたことは、ニコンの技術的成果として評価すべきだ。[3]
表を左右にスクロールすると全体を読めます。
| 時期 | ニコン | ASML |
|---|---|---|
| 2006年 | 1月にS609Bを出荷、NA 1.07 | 第2四半期にXT:1700iの供給開始、NA 1.20 |
| 2007年 | 2月にS610Cを出荷、NA 1.30 | 第3四半期にXT:1900iの本格出荷開始、NA 1.35 |
ニコンの数値は当時の出荷発表、ASMLの数値は年次報告書に基づく。製品世代も発売月も異なるため、同一条件での性能比較ではない。[4] [5] [6]
ある数値に先に到達すること、次世代機を出荷すること、顧客工場で生産性を確保することは、それぞれ別の成果だ。NAが高いだけで、欠陥率、稼働率、納期まで優れるとは判断できない。
「世界初」という発表から、もう一歩踏み込む必要がある。顧客がその装置を使うには、何を新たに確認しなければならないのか。その確認を、誰がどう進めるのか。
ASMLは、変える部分と残す部分を分けた
ASMLのTWINSCANは、一方のウエハーを露光している間に、もう一方の位置と高さを測定する。液浸への移行時には、露光側に水を導入しながら、測定側では従来のドライ方式を維持できた。この構造は後年の回顧だけでなく、2006年の年次報告書にも記載されている。[7]
新技術を導入する際に、使い慣れた測定方法まで同時に変えない選択だった。変更範囲を分ければ、確認済みの部分を残し、新たな不確実性に試験と開発を集中できる。 開発費がどれだけ減ったかは別途検証が必要だが、新しい問題がどこに生じるかは明確になる。
それでも、水に関わる課題は残る。高速で動くウエハー上では、気泡や水滴が欠陥を生む可能性がある。速度を下げれば欠陥を抑えられても、生産性が落ちてしまう。
ASMLの2023年の回顧記事は、流体力学の研究と供給企業の設計改善が、レンズ周辺の水を制御するフードの開発につながったと説明する。フードの改良により、ウエハーの移動速度を上げながら欠陥を減らしたという。ただし、その後の複数年にわたる開発の回顧であり、本稿の対象期間だけの定量的成果や、ニコンとの性能差を示す資料としては扱わない。[8]
ここにあるのは、水による欠陥、流体制御構造の変更、速度と欠陥の同時改善という具体的なつながりだ。協力した専門家や企業の名前より、このつながりが重要である。
ニコンも同種の問題を解こうとしていた。Local Fillは水の挙動や欠陥に対応し、Tandem Stageは機能の異なるステージによって処理能力と精度の向上を図った。2008年の報告書には、モジュール化や機種間の共通化も記されている。構造革新や再利用をASMLだけの能力とみなすことはできない。[9]
顧客に戻されたウエハーが示したもの
装置内部の改善が、顧客の工程でも有効かどうかは、別に確かめる必要がある。
TSMCは2004年12月、ASMLの液浸試作機を使い、電気的に動作する90ナノメートルのSRAMを製造したと発表した。具体的には、配線形成前の一つの重要層でウエハーをドライ露光と液浸露光に分け、その後TSMCに戻して残りの工程を完了した。歩留まり、素子特性、欠陥水準は比較可能な結果で、歩留まりに関わる焦点深度は液浸側がほぼ2倍だったとしている。[10]
全層での液浸量産を検証した発表ではない。しかし、光学系が鮮明なパターンを描けるという説明から、顧客の残りの工程を通して素子が動くという証拠へ進んだ。
この違いは販売にも関わる。顧客が買うのは単独の画像ではなく、自社の製造工程に組み込んでも機能と歩留まりを維持できる見込みだからだ。
周辺工程も試験対象となった。SCREENの2005年11月の発表によれば、ASMLとは既存のRF3を用い、それ以前の9カ月間に液浸工程を共同評価していた。新しいRF3iにはウォーターマーク欠陥を減らす洗浄・乾燥機能を搭載し、ASML装置や欠陥検査装置との接続も計画していた。共同評価は実施済みの活動であり、新構成の設置と顧客向け実演は当時の計画である。[11]
検証範囲はレンズから水へ、水からレジスト、洗浄・乾燥へ、さらに顧客の完成素子へ広がる。納入前に、顧客が直面する工程間の接続問題をどこまで試していたか。 そこに装置単体の仕様を超える問いが生まれる。
ニコンの顧客工場での比較評価も、同じ基準で認める必要がある。比較すべきなのは顧客検証の有無ではなく、検証した条件の範囲、採用後の生産性の安定化、そして供給の拡大である。
供給企業を持つことと、共に判断することは違う
次の手掛かりは、供給企業と交わす文書にある。
両社へのインタビューに基づくTaji・Enamiの2023年の研究は、ASMLが光源供給企業に対し、性能目標を示すEPSと試験方法を示すTPSを区別して要求していたと説明する。測定器、測定間隔、下位供給企業の納期も管理対象だった。ニコンについては、主要な目標値を文書に記し、その他の値を供給企業と協議する方式とされる。ASMLのシステムエンジニアが部品間の要求を調整する役割も論じられている。[12]
ただし、インタビューは2014~2017年に行われたものだ。著者らはニコン内部の情報共有の詳細を得られなかったとも記している。2006年の全プロジェクトの運営実態や、ニコンに調整能力がなかったことを示す証拠にはできない。[13]
この限界を踏まえても、比較には意味がある。供給企業との関係があるかどうかより、同じ条件で結果を見て判断できるかという、具体的な分析対象を示すからだ。
例えば、部品単体では目標を満たしているのに、完成装置の性能が出ない場合を考える。どの条件で再測定するか、誰が他の部品への要求を変更するかを決めなければならない。これは特定の事件の再現ではなく、資料から導いたBanseogの解釈である。性能値だけの比較では、こうした調整の負担は見えにくい。
重要なのは外注比率より、社外の技術まで理解し、相反する要求を調整できる範囲である。 内製も外部調達も、それを自動的に解決してはくれない。
出荷拡大は確認できる。市場での差は別の問いだ
ASMLの2007年の報告書には、液浸装置の累計出荷が70台を超え、複数の顧客がXT:1900iを導入したとある。ニコンの2008年の報告書も、先端半導体を生産する主要地域へのS610Cの供給を説明する。両社とも顧客採用に進んでいた。[14] [15]
Banseogが注目するのは、ASMLでドライ測定を維持した構造、水と周辺工程の改善、顧客素子の試験、後続機の供給がつながっていたことだ。液浸技術を事業として拡大した経路が、具体的に見えてくる。
ただし、その経路がニコンとのシェア差をどれだけ説明するかは確認できない。既存顧客との関係、顧客の投資時期、機種ごとの価格、納期、稼働率も影響し得る。ニコンの個別評価での勝利とASMLの供給拡大を、同時に読む必要がある。
一つの顧客の試験で勝てば、その条件での競争力は確認できる。次に問うべきは、その改善を他の顧客の工程でも使えるか、導入と供給を繰り返せるかだ。個別性能の優位を、そのまま市場全体の優位に置き換えてはならない。
当時、ほかにどのような選択があり得たか
ニコンに「顧客と共同検証すべきだ」と助言しても、既に行っていたことの繰り返しになる。次の選択には、生産能力の拡大に加え、採用後の装置のスループットを安定させる課題があった。
2007年の決算説明で、ニコンはS610Cの導入が順調だとし、2008年3月期に販売21台、生産能力を最大限に使った出荷30台を計画した。追加増設は市場動向を見て判断するとしていた。販売と出荷は異なる指標であり、これらは当時の見通しである。[16]
その後、2007年後半の決算説明では、スループットの向上に想定以上の時間がかかり、原因を究明して改善中だと述べた。2008年5月には、問題が解決し、予定どおりのスループットが出ていると説明している。顧客に採用されることと、生産現場が求める処理能力を安定して確保することは、同じ出来事ではなかった。 [17] [18]
増設には、需要の確実性と要求処理能力の安定的な達成の両方が関わる。条件が明確になるまで待つ道もあれば、検収条件と導入日程が具体的な顧客を確保し、処理能力の改善と増産準備を並行する道もある。前者は遊休設備のリスクを抑えるが、需要が急増すれば納期面の機会を失い得る。後者は供給機会を広げる一方、注文の延期や取り消しの負担を先に引き受ける。
後者が実際に有利だったと断定する資料はない。受注の確実性、処理能力改善の進捗、装置製造のボトルネックを確認する必要がある。それでも、採用後の生産性を安定させ、いつ供給を増やすかは、結び付いた経営判断だったことが分かる。
同じ問いはASMLにも当てはまる。出荷が増えても、設置や安定稼働に時間がかかったり、異なる顧客条件で改善を再利用できなかったりすれば、出荷台数だけで長期的な優位は判断できない。
企業の分岐点で、何を見るか
過去を読む目的は、成功企業の特徴を集めることではない。当時、何が見えていれば次の判断を変えられたかを探すことだ。液浸への移行期には、光学性能に加え、新技術が既存工程のどこを変えるか、素子試験で何が確認されたか、部品間の要求を誰が調整するか、採用後の処理能力と供給がどう変わるかを追えた。後年のインタビューで分かった内部運営まで、当時の外部者が知り得たとは扱えない。
他の企業にも持ち込める問いは明確だ。
自社の強みが向上するほど、顧客は導入しやすくなるのか。それとも、ほかの部品や工程に新たな調整負担を渡しているのか。
この問いから始めれば、提携先の探し方も変わる。技術的な知名度を並べるのではなく、導入を妨げる問題がどこで生じ、その条件を共に変えられる相手は誰かを探すことになる。
ASMLとニコンの液浸開発は、精密さの重要性を否定しない。精密さを顧客の生産へつなぐには、装置の外側まで何を理解し、調整しなければならないかを示している。
当時の公開資料と後年の回顧・研究を区別した独立分析。対象は液浸技術の開発・検証・供給過程であり、EUVを含む両社の競争史全体を単一の原因で説明するものではない。
出典
- ニコンの出荷発表、2007年
- ASML年次報告書2007、冊子18ページ
- ニコンの出荷発表、2006年
- ニコンS610Cの発表
- ASML年次報告書2006、冊子51・66ページ
- ASML年次報告書2007、冊子11ページ
- ASML年次報告書2006、冊子51ページ
- ASMLの液浸開発回顧、2023年
- ニコン年次報告書2008、冊子9~10ページ
- TSMCの液浸試験発表、2004年
- SCREENの共同評価発表、2005年
- 法政大学ワーキングペーパー251、冊子14・18ページ
- 同論文、冊子6・19ページ
- ASML年次報告書2007、冊子11・18ページ
- ニコン年次報告書2008、冊子8ページ
- ニコン決算説明会質疑応答、2007年
- ニコン2008年3月期中間決算説明会質疑応答
- ニコン決算説明会質疑応答、2008年5月